MEDAL OF HONORRECIPIENT ARCHIVE 1966–2026
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全受章者一覧

授与時期の新しい順。ページ 5 / 19、81〜100人目。

没後授与

Henry Svehla

2011年5月2日 | 陸軍・一等兵

敵陣への攻撃で先頭に立ち、機関銃陣地へ突撃した。手榴弾が部隊の中へ投げ込まれると、それを拾おうとした後、自分の身体で覆った。 爆発から仲間を守り、攻撃の勢いを維持した自己犠牲が死後に顕彰された。 1952年6月12日、朝鮮・ピョンゴニ付近で、一等兵として第7歩兵師団 第32歩兵連隊の任務に従事していた。敵の優…

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没後授与

Anthony T. Kaho’ohanohano

2011年5月2日 | 陸軍・一等兵

圧倒的な敵の攻撃で部隊が後退するなか、機関銃と手榴弾を持って元の陣地へ戻り、単独で戦闘を継続した。 自らの陣地を最後まで守り、多数の敵を引きつけて味方の再編時間を確保した。 1951年9月1日、朝鮮・チュパリ近郊で、一等兵として第7歩兵師団 第17歩兵連隊の任務に従事していた。敵の優勢な火力下で、自身の安全よ…

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アフガニスタン戦争

Salvatore A. Giunta

2010年11月16日 | 陸軍・特技兵

分隊が三方向から待ち伏せを受けると、負傷者へ向かって敵火の中を前進した。敵が負傷した仲間を連れ去ろうとしているのを発見し、攻撃して救出した。 米軍兵士が敵に捕らえられるのを阻止し、分断された分隊の防御を再構成した。 2007年10月25日、アフガニスタン・コレンガル渓谷で、特技兵として第503歩兵連隊 第2大…

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没後授与

Robert J. Miller

2010年10月6日 | 陸軍・二等軍曹

米・アフガン合同部隊が待ち伏せを受けると、前へ出て敵の射撃を自分へ引きつけた。負傷後も攻撃を続け、仲間が安全な位置へ移る時間を作った。 多数の敵に対して単独で圧力をかけ、部隊の包囲と壊滅を防いだ。 2008年1月25日、アフガニスタン・クナル州で、二等軍曹として第3特殊部隊群の任務に従事していた。敵の優勢な火…

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没後授与

Jared C. Monti

2009年9月17日 | 陸軍・一等軍曹

小規模部隊が高地で包囲されると、防御と砲撃誘導を行った。敵火の中に取り残された負傷兵を救うため三度進み、三度目に致命傷を負った。 救助成功の可能性が低い状況でも部下を見捨てず、部隊防御と救命を同時に続けた。 2006年6月21日、アフガニスタン・ゴワルデシュで、一等軍曹として第71騎兵連隊 第3大隊の任務に従…

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没後授与

Ross A. McGinnis

2008年6月2日 | 陸軍・特技兵

車両銃塔から警戒中、手榴弾が車内へ投げ込まれた。脱出する代わりに車内へ飛び込み、自分の身体で手榴弾を覆った。 同乗していた4人の兵士を爆発から守るため、意図的に自らを犠牲にした。 2006年12月4日、イラク・バグダッド北東部で、特技兵として第1歩兵師団 第26歩兵連隊 第1大隊の任務に従事していた。敵の優勢…

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没後授与

Michael A. Monsoor

2008年4月8日 | 海軍・二等特殊戦兵曹

屋上監視陣地へ投げ込まれた手榴弾が自分の胸に当たって落ちると、退避可能だったにもかかわらず即座に覆いかぶさった。 爆発を身体で吸収し、周囲にいたSEAL隊員とイラク兵の命を救った。 2006年9月29日、イラク・ラマディで、二等特殊戦兵曹としてSEAL Team 3の任務に従事していた。敵の優勢な火力下で、自…

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没後授与

Woodrow W. Keeble

2008年3月3日 | 陸軍・先任曹長

三つの機関銃座が味方を釘付けにすると、手榴弾と自動小銃を持って単独で斜面を上った。負傷しながら陣地を次々に破壊し、目標奪取を可能にした。 スー族の兵士として初の名誉勲章受章者となり、長年見過ごされていた功績が死後に認められた。 1951年10月20日、朝鮮・サンソンニ付近で、先任曹長として第19歩兵連隊 第1…

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没後授与

Michael P. Murphy

2007年10月22日 | 海軍・大尉

偵察チームが多数の敵に包囲され通信不能になると、衛星電話の通じる露出した場所へ移動した。被弾しながら支援要請を伝え、仲間のため戦闘を続けた。 自らを敵火にさらして救援を呼び、孤立したチームの状況を上級部隊へ伝えた。 2005年6月28日、アフガニスタン・クナル州で、大尉としてSEAL偵察チームの任務に従事して…

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ベトナム戦争

Bruce P. Crandall

2007年2月26日 | 陸軍・少佐

着陸地が激しい敵火にさらされ、医療後送機が飛行を中止した後も、指揮官として非武装ヘリを22回飛ばした。弾薬を運び、負傷者を搬出した。 航空支援が途絶えかけた戦場で補給・救出を継続し、包囲部隊の持久を可能にした。 1965年11月14日、ベトナム・イア・ドラン渓谷で、少佐として第229強襲ヘリコプター大隊の任務…

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没後授与

Jason L. Dunham

2007年1月11日 | 海兵隊・伍長

車両捜索中に敵兵と格闘となり、手榴弾が落ちるとヘルメットと自分の身体で覆った。爆発で致命傷を負ったが、近くの海兵隊員を守った。 瞬時の自己犠牲により、部下が致命的な爆風を直接受けることを防いだ。 2004年4月14日、イラク・カラビラで、伍長として第3海兵師団 第7海兵連隊 第3大隊の任務に従事していた。敵の…

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朝鮮戦争

Tibor Rubin

2005年9月23日 | 陸軍・伍長

単独で丘を長時間守った戦闘、負傷者救助、そして捕虜収容所で食料を調達し仲間を看護した一連の行動が対象となった。 ホロコースト生存者であるRubinは、戦闘と捕虜生活の双方で仲間の生命を支えた。受章遅延には反ユダヤ的偏見が影響した可能性も検証された。 1950-07〜1953-04、朝鮮半島各地/捕虜収容所で、…

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没後授与

Paul R. Smith

2005年4月4日 | 陸軍・一等軍曹

100人規模の敵が捕虜収容所と救護所へ接近すると、防御を組織し、被弾した装甲車の50口径機関銃を自ら操作した。部下と負傷者を守りながら戦死した。 圧倒的な攻撃を食い止め、脆弱な救護・収容区域への突破を防いだ。 2003年4月4日、イラク・バグダッド国際空港付近で、一等軍曹として第3歩兵師団 第11工兵大隊の任…

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没後授与

Humbert Roque Versace

2002年7月8日 | 陸軍・大尉

捕虜となった後も脱走を試み、尋問と虐待に屈せず、他の捕虜を励まし続けた。隔離後も米国への忠誠を示し、最終的に処刑された。 長期拘束下で規範と抵抗の意思を保ち、仲間の精神的支柱となった行動が評価された。 1963-10-29〜1965-09-26、南ベトナム/カンボジア国境地域で、大尉として第5特殊部隊群の任務…

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没後授与

Ben L. Salomon

2002年5月1日 | 陸軍・大尉

歯科医でありながら前線救護所を担当し、日本軍の大規模突撃が救護所へ迫ると負傷者の退避を命じた。自ら機関銃を操作して退路を守り、戦死した。 遺体の周囲には多数の敵兵が倒れており、負傷者と衛生要員の撤退時間を稼いだことが確認された。 1944年7月7日、マリアナ諸島・サイパンで、大尉として第27歩兵師団 第105…

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ベトナム戦争

Ed W. Freeman

2001年7月16日 | 陸軍・大尉

着陸地が敵火で閉鎖された後も、非武装のUH-1で激戦地へ繰り返し進入した。弾薬と水を届け、負傷者を搬出する飛行を計14回行った。 地上部隊が包囲された状況で航空補給と救命搬送を維持し、多数の兵士の生存に貢献した。 1965年11月14日、ベトナム・イア・ドラン渓谷で、大尉として第229強襲ヘリコプター大隊の任…

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没後授与

Theodore Roosevelt

2001年1月16日 | 陸軍・中佐

騎兵が徒歩で進撃するなか、激しい火線の下で部隊を率いてケトル・ヒルを攻略し、その後サンフアン高地への攻撃を続けた。 大統領就任前の戦闘指揮が死後に再評価され、100年以上後に遺族へ授与された。 1898年7月1日、キューバ・サンフアン高地で、中佐として第1義勇騎兵連隊の任務に従事していた。敵の優勢な火力下で、…

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没後授与

Andrew Jackson Smith

2001年1月16日 | 陸軍・伍長

連隊旗手が倒れた際、激しい砲火の中で国旗と連隊旗を守り抜き、後退する部隊の結集点となった。 黒人部隊の旗を守り、部隊崩壊を防いだ行動が136年後に顕彰された。 1864年11月30日、サウスカロライナ州ハニー・ヒルで、伍長として第55マサチューセッツ志願歩兵連隊の任務に従事していた。敵の優勢な火力下で、自身の…

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第二次世界大戦

Yukio Okutsu

2000年6月21日 | 陸軍・技術軍曹

斜面を制圧する複数の機関銃に対し、単独で接近して手榴弾と小銃で陣地を破壊した。負傷しながらも部隊の突破口を開いた。 戦時中の人種的偏見による受章格差を検証した国防総省の再審査を経て、功績が名誉勲章に相当すると認定された。 1945年4月7日、イタリア・ベルヴェデーレ山で、技術軍曹として第442連隊戦闘団の任務…

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第二次世界大戦

Yeiki Kobashigawa

2000年6月21日 | 陸軍・技術軍曹

敵機関銃の射線を見極め、部下と側面へ進んで陣地を破壊した。その後も前進を続け、複数の火器陣地を制圧して攻撃路を開いた。 戦時中の人種的偏見による受章格差を検証した国防総省の再審査を経て、功績が名誉勲章に相当すると認定された。 1944年6月2日、イタリア・ラヌーヴィオ近郊で、技術軍曹として第100歩兵大隊の任…

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